ブログを書くのは楽しい。
しかし一方で、いつかはブログを書かなくなる日が来ることをぼくは望んでいるようにも思う。
ブログを書く時は、たいてい何かについて悩んでいたりモヤモヤしているからである。
もちろん、それをなんとか人が読めるような内容に仕立てなければと四苦八苦しているうちに、もとのモヤモヤが解消されてスッキリした顔つきで公開ボタンを押していることもあるけれど、書き終えてからも、やっぱりあんなこと言わなきゃよかったとか、しょうもないやつだと思われてるんじゃなかろうかとか、悶々としていることも多い。
ぼくだって、それはもうすばらしく充実した毎日を送ることができていれば、ブログなんて書いていないような気がするのである。
最近思うのだけれど、目の前の課題なりお題なりに真剣に取り組んでいるあいだというのは、ひとはそれなりに幸せなのだ。
自分が持てる知恵と力を余すことなく出し尽くして試行錯誤しているうちは、愚痴も悪態も出てこない。
もちろん世の中というのはそんなにシンプルにはできていないから、ぼくらは悩むし、ぼくはブログを書く。
書いて、悩みの原因を特定したり、反対に忘れようとしたり、あるいは全然違うことを考えることでリフレッシュしようとする。
そしてその日のコンディションによって違うさまざまな感情をこめて、公開ボタンを押すのだ。
その時、ほんのわずかではあるけれども、もうこんな作業をしなくてすむようにと、心のどこかで願ってるような気がする。
あれこれ悩み、戸惑い、ああでもないこうでもないとダラダラと書く作業をしなくても、毎日を幸せに暮らせる日が来るようにと。
しかし一方で、気づいてる。
そうやってウジウジと迷うこと自体が、ぼくが世の中で一番やりたいことなのかもしれないとも。
だが残念ながら、ぼくはあと40年ほどはこの厳しい現実の中をマッチョに生き抜いていかなきゃいけないことも、よくわかっている。
あれこれ迷っているヒマなんてない。
そしてマッチョに幸せな人生を送ることがどれだけ難しいかということも、だいぶ昔から深く理解している。
マッチョに幸せな人生!
それは奇跡、と言い換えたほうが早いかもしれない。
だからいつの日か、ぼくの書いた文章を最近見ないなと思うことがあれば、ああ、あいつはついに素晴らしい生活を手に入れたのだなと、まるで自分のことのように喜んでいただきたい。
なかなかそんな日はやってこないと思うけれども。
著者プロフィール
中年にビミョーにさしかかり、色々と人生に迷っていた頃に、はてなブログ「犬だって言いたいことがあるのだ。」を書きはじめる。言いたいことをあれこれ書いていくことで、新しい発見や素敵な出会いがあり、自分の進むべき道が見えるようになってきた。コーヒーをよく、こぼす。